ふ り ん 疑惑の責任をとって・・・
な〜んて話題が毎日のように飛び込んできますね。
いつの時代も人の色恋沙汰は耳目を集める格好の話題です。
本当に
ど 〜 で も い い 〜
みんな暇なんだね(^_−)−☆
誰がどんな関係を結ぼうが、それによって周囲の人にどんな影響があろうが、その当事者以外には全く関係ない話で、何の関係もない人がとやかく言うことじゃない。
そんな当たり前の事なのに、一言申し上げたくなる気持ち、わからなくもありません。
人間だもの・・・
でも、それで寄ってたかって批判したり、吊るし上げたりって、それはやっぱり恐ろしいエネルギーだし、非建設的なエネルギーです。
いい思いをしている人、成功している人
社会のルールを破ってる人、ズルしてる人
にはもう容赦ないですよね。
そんな人を見かけると叩きたくなるのは、
こんなにがんばってるのに こんなに真面目に生きてるのに
こんなに我慢してるのに こんなに清廉潔白なのに
という思いが潜んでいるからでしょう。
きっと、頑張り過ぎてるし、真面目過ぎるし、我慢し過ぎだし、潔癖過ぎるんだと思います。
不倫する側も、批判する側もきっと、何かが「過ぎ」ている。
過ぎたるは及ばざるが如し
「過ぎ」てると不足してくる。
だから、その不足分を埋めようと変な、ねじれたエネルギーで行動してしまう。
不倫が良いかどうか?それを批判するのが良いかどうか?なんて全くどうでもいい。
不倫で幸せになる人もいれば、不倫で身を滅ぼす人もいる。
人を批判して救われる人もいれば、より不信感を募らせる人もいる。
その人のバランスがどうなっているか?という視点で見たら、みんなバランスがかなり崩れているということ。
純愛、秘められた恋、道を外れた背徳感、結局一番に選ばれない安心感、奪い取るという願望実現、ツケを払わなければならないという追い詰められ感・・・
不倫は、人間らしさ満載の魅力的な局面とも言えます。
嘘や罠やインチキを内蔵した一連のかけひき、心理的ゲーム満載の楽しい時間。
それが不倫。
それ以上でもそれ以下でもない。
それが今や、無関係な人たちまで巻き込んだ大きなゲームにまでなっているということ。
部外者まで巻き込んだ大人気ゲームにまでなっているように感じます。
不倫をしている人の多いこと多いこと。
空前絶後の不倫ブームが来ているのか!と錯覚してしまうほど。
恋は盲目とは良く言ったもので、その中に入ってしまうと、もう客観性なんか全く働きません。
どんな嘘も、罠も、インチキも、ゲームの中では、愛されている実感、優しい言葉、正当性、に自動的に書き換わってしまうもの。
本人が気付くしかない。
その人の幸せをただ祈るばかりですが、それも大きなお世話でした(^_−)−☆