宝石ヒーリング

 

「クリスタルには、霊体に入ってくるエネルギーに作用するもの、霊から心までのゆがみに作用するもの、そして心と身体の間のゆがみのバランスを取るものとがあります 

そうしたクリスタルを用いたヒーリングはすべて、浄化された経路を通してエネルギーが仕込まれます

クリスタルを使うヒーラーの意図が相対的に明確でなければ、エネルギーがクリスタルに適切に充填されることはありません

もうひとつの要素は、あなたがたの住む地球のエネルギー場と、ホリスティクあるいは宇宙的なゆがみである流れとの適切な同調です

後者は、形状のしかるべき比率とそうした形状内のしかるべき配置が、もつれを解いたりバランスを正すプロセスを助けるように地球のオーラ場に流入します

(中略)クリスタルを選ぶときの、いわゆるコツは大変に重要です

実際、ダイヤモンドやルビーのような結晶構造体は、 「一なるもの 」の「愛 /光 」に満たされた純粋な媒体であれば、ほとんどすべての用途に使うことが可能です

ただし、それができるためには言うまでもなくイニシエーション※が必要です 

イニシエーションの結果もたらされた様々のゆがみの残留物を乗り越えて前進するところまで、屈せずがんばり通した人の数は決して多くありません 。」

 —『ラー文書 「一なるものの法則」 1巻』ドン・エルキンズ,カーラ・L・ルカート等著 より

 

宝石を扱っていて、自分たちが掴んでいる感覚と知識を表現しているチャネリング情報があったので転載。

クリスタルとは結晶のことで宝石もそのひとつです。

美しさで心を惹きつける宝石ですが、美しさを超える働きがあります。以下、上記を要約。

 

クリスタル(宝石)の働きは、

1 霊体に入ってくるエネルギーに作用する

2 霊から心までのゆがみに作用する

3 心と身体の間のゆがみのバランスを取る

それらはすべて、浄化された経路を通してエネルギーが仕込まれる。その場合、クリスタル(宝石)を使う者の意図が相対的に明確でなければ、エネルギーがクリスタル(宝石)に適切に充填されることはない。

もう一つの要素は、地球のエネルギー場と、ホリスティクあるいは宇宙的なゆがみである流れとの適切な同調。

クリスタル(宝石)を選ぶときの、いわゆるコツは大変に重要

実際、ダイヤモンドやルビーのような結晶構造体は、「一なるもの 」の「愛 /光 」に満たされた純粋な媒体であれば、ほとんどすべての用途に使うことが可能

ただし、それができるためには言うまでもなくイニシエーション※が必要。

「※イニシエーションとは、秘儀参入、秘儀の伝授、またそれを経た人を秘儀参入者イニシエートという。」
という注釈がありました。

それはかつて、誰でも学べたり、参入できるものではありませんでしたが、2000年代に入る前に全世界で「もう秘密は必要ない」というメッセージを受け、秘伝は公開されるに至りました。

そして、今では全ての叡智は公開され、意識を向ければ目に触れるようになりました。秘儀になっていたのは、「秘儀がその目的のみに使われるように」ということだったのだろうと思うのですが、それは秘儀に限らず、どんなテクノロジー、発明、学問も同じではないかと私は思っています。

特に大きなパワーをもつものに関しては、誤用されると影響は計り知れないほど大きくなってしまいます。それはわかるけど、もうすでにそうなっちゃってるじゃん!と個人的に思います。

最初はそうでなかったとして、途中で誤用されたり、大切なことを無視したり、そういうことはたくさんあります。効率や利益に偏りすぎるのもまたその一つではないでしょうか。

それがいいとか、悪いとかではなく、「あれ?どうしてこうなったんだろう?どうしたかったんだっけ?」という感覚=本来の姿になろうとする感覚をつかむことが最高に大切だと思っています。

そして、その感覚を掴んだら、そのゆがみはどんどん再修正されます。

本来のあり方に近くのです。それにより、様々のゆがみの残留物を乗り越えて前進するところまで、屈せずがんばり通すこと自体がイニシエーションになると私は考えています。

今、地球環境や社会を見ても、そのゆがみは丁寧にしっかり本来の状態へと向かわねばならないと感じることがあります。

思い切って、そこに向かい、自分の無力感を感じても、そこでくじけずに何度も何度も残留物を乗り越えていくのです。

それは、とても個人的なところから始まります。個人的なことを抜きには始まらないのです。

 

宝石を扱うことも、人と深く関わることも、私自身が「一なるもの 」の「愛 /光 」に満たされた純粋な媒体であることが最重要と考えています。

私も人間なので、もちろんたくさんのゆがみがあります。

様々なゆがみの残留物を果敢に乗り越えてきましたが、それはどこまでで終わりということではなく、永遠にそれを乗り越え続けることだと思っています。また、それを喜びとしています。

引用した「ラー文書」には、「ゆがみ」という言葉が頻発します。

そこでゆがみと言っているのは、

「ラーがもたらさんとしている『一なる者の法則』『一なるもの』の波動以外の者、あるいは、それが歪曲された事実や解釈や状態を表すもの。」

一なるものの法則とは、ワンネスを表していると思います。

 

      朝水久美子

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